??祈れと言うには死んでいる
あ、ダメだ。
フォルネウスは痛感してしまった。思い至ってしまった。彼の聡明さは、正しくフォルネウスの罪の重さを捉えていた。
これは罪ではない。そうだとも。必要経費のようなもの。ヴィータという種を生かすためには数千数万の死をもたらなさければならなかった。
でもそれはフォルネウスの論理では"そう"であるだけで、ヴィータの倫理は許さないということも認識していた。だから、正しいことをしていると思いながら隠していた。石で蛆虫をすり潰したことを親に黙っているようなもの。それが悪いことだと思わずに、叱られてしまうから黙っていただけのこと。ヴィータはすぐに死んでしまうのだから、ヴィータという種のために、ほんの少し本来よりはやく死んでもらうだけなのに。
そんないいわけはフォルネウス自身が却下した。もっと幼いみてくれなら情状酌量の余地はあるかもしれない。彼らはあまりにも外見に左右されるものだから。メギドだってそうだ。バナルマの姿をしたメギドと戦うことに厳しい。フォルネウスは自分のしたことに責任を持てないほど幼くないし、責任を取ってくれる者もいないし、なにより彼の行いは彼のものだった。
フォルネウスは聡明だった。だから、何をすれば赦されるのかもわかってしまう。ただ縄で縛られて事情を話すだけで赦されるようなものではないということを。フォルネウスは特段赦される必要を感じていないが、ソロモンがフォルネウスのせいで不利益を被るのは許しがたいことだった。それだけはとても耐えられない。
結局、絆されてしまったのだろう。自ら用いた言葉に縛られて、本当になってしまった。本当に、親友になろうとしてしまった。それがフォルネウスの敗因で、勝算だった。まさかフォルネウスの目的を理解してくれなかっただけであんなにショックだとはフォルネウス自身思いもよらなかった。
最後の2人になりたかった。ソロモンの旅立ちに手を振りたかった。彼の幸福を、信じていた。
けれど、その願いはフォルネウス自身で捨てなければならない。フォルネウスにはわかっていた。ソロモンと同じ視点に、価値観に合わせるということは、自分のおこないを許してはいけないということ。
だから、やっぱりこれしかないのだ。一番スマートで、円滑で、冴えた償い。
フォルネウスは生きることにも死ぬことにも執着していない。カトルスにいつか成るものは既に生まれつつあり、フォルネウスの意思を知る者もいる。直近の危機であるエグゾダスもソロモンがなんとかする。つまり、フォルネウスの目的はほぼ失敗して、達成したようなもの。たったひとつの最後の願いも捨ててしまうなら、それこそ本当に生きる必要がなかった。
けれど。激痛で理性も飛びそうな中、頭を過ぎるものがあった。
息絶えた願いが、いつか息を吹き返したとき。ソロモンが世界に認められて、評価されて、祝福されるとき。その時に横に自分がいないことが、寂しくてたまらない。
何かに縋りたくて、祈りたくて。でも、祈るものも、救うものも、フォルネウスには何もなかった。